はじめに
初めて来ても 懐かしい宿 森の奥に ひっそり佇む
黒川温泉街からさらに車で五分。旅館 山河は森の奥にひっそりと佇んでいる。四季折々に表情を変えゆく風景の中で味わうのは、どこか懐かしい里山の暮らし。ふだんとは異なる日常に身を置くと、新たな自分に出会える気がする。
山河ものがたり 一
薬師 の湯
くまもとの「あそ」という山のさらに奥にある黒川に、今でも伝わる、
むかし、むかしのおはなしです。
黒川の山深く、不思議なお湯が湧き出るところがありました。
切り傷や、まけものによく効くので村人は「くすり湯」と名づけ、
大切に守ってきました。
あるとき、ひとりの男が『くすり湯が、山の奥ではなく、
里山にあればみんなが喜ぶ』と言い出し、土を掘り始めました。
しかし、なかなかお湯は湧き出ません。
「今日出なかったらあきらめよう」男がそう考えた朝、掘った穴から、
『くすり湯』がこんこんと湧いてくるではありませんか。
「よし、ここにたくさんの人が来れるすてきな宿を作ろう、
みんなに『くすり湯』に入ってもらおう」
そして男はこの『くすり湯』を『薬師の湯』と名づけました。
これが、《山河》のはじまりです。
山河ものがたり 二
自然に
包まれた宿
《山河》が生まれて、しばらくたちました。
しかし、町の人はなかなかやってきません。
「町の人が過ごしやすいよう都会風にしたら?」
…村の人のそんな助言には耳も貸さず、
男は黙々と木を植え始めました。
川から水を引き、宿の間に小さな沢をつくり始めました。
男には確信があったからです。
《山河》のいちばんの魅力は、
「ありのままの自然」だということ。
春夏秋冬で姿を変える木々。
木々に集う鳥たちのさえずり、木の葉のつくるやさしい日かげ。
その間を通る、川のせせらぎ。
そういった、ありのままの自然が、《山河》の何よりの財産ということ。
その信念を胸に、誰が何を言おうと、
実直に、木を植え、石を運び、沢の流れをつくりました。
そうして、自然と調和した風景が出来上がり、
この風景に心打たれた多くの人が《山河》を訪れるようになりました。